「完了」とはどういうことか?


6月16日に開催された日米円卓会議のプレゼンテーションにおいて、CH2Mのディアン・フォス氏は「『完了』とはどういうことか?」という疑問を投げかけた。彼女は共通した認識があるにも関わらず、原子力施設が単に解体され、当該区域が除染されただけでは廃止措置は終了しないと強調した。また廃止措置プロジェクトに取り組む上で最も刺激的な側面の一つは現地の人々と原子炉が取り除かれた後サイトに何ができるのかと言ったビジョンを発展させることであると主張した。

原子力機関によると、廃止措置された原子力施設のサイトは、工業用に利用可能であり、制限なしに利用可能であり、または再び原子力施設としても利用可能である。これは、原子炉が立地していたサイトが立入禁止のデッドゾーンではなく、どのように活気に満ち生産性ある土地として存在し続けていくかと言うビジョンを発展させる一助となる。

制限のない利用

いくつかの例では、『完了』とは、以前原子炉があった土地で公衆がやりたいことを何でもできることのように考えられる。米国では、大部分の廃止措置プロジェクトはまだ安全貯蔵か同様の段階にあるが、これは伝統的に最も共通したビジョンとなっている。米国において制限なしに利用する許可を得るためには、住民が受ける放射線が年間被ばく限度25ミリレム以下であることが原子力規制委員会(NRC)によって課されている。

IAEAはもはやサイトを元の「最適な」状態に回復させることを最終目標とは考えていないが、これはその他の国でも同様に行われているアプローチである。廃止措置の結果、制限なしの利用に繋がった例の一つがドイツのニーダーアイヒバッハにある100MWe重水炉である。最初は1974年に原子炉を停止し長期に渡って安全密閉される計画であった。ニーダーアイヒバッハは最終的に制限なく利用するポスタープロジェクトになった。1995年半ば、原子力発電所がかつてあった土地は、無制限の農業利用に適した土地として公表され「グリーンフィールド」へ回帰した。このコミュニティーは、廃止措置が終了したことにより現地の裁量によって土地を利用するため土地へのオープンアクセスを回復した。

工業的利用

廃止措置プロジェクトを終了させるその他の効果的な選択肢は、原子力以外の工業的利用に施設を再利用することである。廃止措置の期間に使用された大部分の材料は実際放射化しておらず、効率的なリサイクルが可能である。

この効率的なアプローチの代表例は米国初の商業規模の原子力発電所が廃止措置されたことである。コロラド州のフォート・セイント・ブレイン原子力発電所は330MWeの高温ガス冷却炉であった。1979年から1989年まで10年間運転した後に停止した。 当時、財務損失を取り戻す取り組みの中で、パブリック・サービス・オブ・コロラドは施設をガス火力発電所へと転換する計画を提出した。廃止措置のプロセスは1992年から1996年まで続き、1995年から2009年にかけて段階的に天然ガス燃焼プラントとして蘇った。

このアプローチは原子力発電所周辺のコミュニティーに対して特に安定感をもたらすものである。NRCによる施設の評価と放射能レベルの安全性評価には1年を要するが、発電が再開し、独立した使用済燃料貯蔵施設が元の施設の近くに建設されれば、このエリアにおける雇用機会は、プラント廃止措置が行われ土地が公用地に戻る場合ほど大きな影響は受けないであろう。

まだ誰も「完了」させていない

IAEAによると、「現在使用されておらず廃止措置を行った建物、施設およびサイトを再び開発し再利用することは、制約ではなく機会として推進すべきである」としている。すなわち、廃止措置はサイトの有用性を損なうものではない。発電所を停止し再び足を踏み入れる人がいなくなった時に 「完了」 となるのではない。

地元コミュニティーとともに操業者が創るビジョンが実現した時に「完了」となる。そのビジョンとは、廃止措置した土地を生産的に利用することであり、農地として、引き続き発電所として、またはアミューズメントパークとしてでさえも利用することである(注意:この発電所は公式には稼働したことがない)。財政または安全に配慮した方法で廃止措置を実施する場合に、廃止措置は施設を生産性や雇用の新たな段階へ移行させる刺激となりうるのである。