ロバート・ゲラー氏:日本の原子力安全問題に対:する地震学者の見解―第二部


ロバート・ゲラー、東京大学大学院理学系研究科教授

ロバート・ゲラー、東京大学大学院理学系研究科教授

アイデアギャラリーは、原子力エネルギーに影響を与える問題について、ゲストが見解を述べるシリーズである。本日のゲストは、東京大学大学院理学系研究科教授のロバート・ゲラー氏(地震学)。

>>ゲラー博士の見解第一部もご覧ください。

 

第二部では、福島第1原発事故後における日本の原子力発電の道筋について論じる。私は地震学者(業績目録はこちら)であり、1984年以来東京大学の正規教員である。また、永住者として日本で、日本語を使って生活している。本稿には、専門家として視点だけでなく、これら生活者としての視点も含まれている。

2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きたとき、日本の与党は民主党で、首相は菅直人氏であった。同年9月、同じ民主党の野田佳彦氏が菅氏の後任となった。2012年12月の衆議院選挙では、自民党と公明党が政権を奪還し、安倍晋三氏が首相に就任した。つまり、大地震からの約30ヶ月間で、日本では3名の首相が交代したし、他の重要閣僚たちはより頻繁に交代している。このように、安定的な政権がなかったことは、原発関連の重大な課題を解決する上で、大きな障害となった。

上記の3名の首相のうち、菅氏は原子力発電からの撤退を主張した。野田氏ははっきりした姿勢を示さなかったが、彼の任期中には関西電力大飯原子力発電所の2基の原子炉が再稼動された。(この2基ともに現時点では定期点検のために一時的に運転を停止中である―関連記事)。)一方、安倍氏は原子力発電支持者であるが、任期当初の10ヶ月間では、再稼動に向けた目に見える進展はなかった。対応の遅れの一つの原因は、以下に論じるように、新しい原子力規制委員会の立ち上がりに伴う諸問題にある。

福島第1原発事故以後、大飯発電所の2基を除いて、日本では原子力発電を利用することなく、どうにかしのいできた。しかし、今後将来にわたって原子力発電なしに日本で必要な電力供給を維持することは難しいと考える。何故なら燃料輸入によるコストの増、化石燃料発電所をフル稼動させることも必要となるため、長期的には持続可能ではないからだ。それゆえ、経済的及びエネルギー安全保障の観点からすると、日本の54基の原子炉のうち、可能な限り多くの原子炉を再稼動することが望ましい。一方、福島第1原発事故を想起するまでもなく、原子炉再稼動の前には、地震や津波など自然災害に関する安全課題に真剣に取り組むことが必要不可欠である。

地震と津波による災害のリスク

原子力発電所も、他の構造物と同様に、設計基準に従って、一定の地震の揺れや一定の津波の高さを耐えられるよう設計される。当然のことだが、設計基準の具体的な数値を決定しない限り、原子力発電所の設計者は発電所で使用する鉄鋼やコンクリート等の量を決定することはできない。

設計を行う過程では、単に安全基準を満たすだけではなく、多少の余裕を確保する。これは、工学分野では常識だ。にもかかわらず、実際に発生する自然現象が設計基準を大幅に超えれば、構造物が崩壊する可能性はある。また、設計や建設段階で欠陥があれば、自然現象が設計基準を超えなくても崩壊の可能性はある。したがって、原子力発電所では、“深層防護”という特別な防護措置が取られる。これは、予防措置が階層構造になっており、たとえ第一段階での防護がうまく機能しなくても、次の防護層で事故を防ぐ、あるいは事故の被害をできるだけ少なくしようとするのである。

エンジニアは、特定の原子力発電所敷地で見込まれる“最大規模の地震”や“最大規模の津波”に関して地震学者の助言を受け、それらに耐えうるように原子力発電所を設計すれば安全を確保することができると考えがちである。しかし、大変残念なことだが、現状はそう簡単ではない。

約100年前、地震発生に関する系統的な研究が開始された頃は、今のように豊富な観測データはなかった。そこで、研究者たちは、とりあえず、地域毎の最大地震はほぼ周期的に発生する、と仮定した。しかし、近年の研究の進展によって、地震活動は単なる周期的な過程ではない、ということが明らかになってきた。この解明に至る過程では、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のヤン・カガン博士とデイヴィッド・ジャクソン博士による正確な統計学的研究が大きく貢献した。

地震活動についての研究は現在も引き続いて行われているが、これまでの多くの研究成果の蓄積として、地震活動については、現時点では、次に述べるような理解に至っている。マグニチュードは地震の規模を表す指標で、元々チャールズ・リヒター博士によって定義されたものであるが、現在はカリフォルニア工科大学の金森博雄博士が提言した公式が用いられている。マグニチュードは、1.0上がると、地震によるエネルギー放出が30倍に増える。そして、小規模な地震の場合、一定の空間と時間の範囲内では、マグニチュードが1.0上がると平均的に発生する地震の数が10分の一程度に減少する。地域によって若干のばらつきはあるものの、おそらくマグニチュード8程度を超えるような大地震は、その発生数がさらに急速に少なくなる。したがって、マグニチュード9の地震の発生頻度はマグニチュード8の地震の発生頻度の10分の1よりはるかに少なくなる。これまで約100年にわたる計測地震学における最大の地震は、1960年にチリ沖で発生したマグニチュード9.5の地震であるが、上記カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者たちの試算によると、マグニチュード10.0の地震が、東北沖で、約10,000年に一度発生する可能性があるとされている。

上記の議論をまとめる。マグニチュード8を超える大きな地震になればなるほど、発生の確率は指数関数的に減少する。しかし、厳密に“最大”規模の地震や“最大”規模の津波を定義することはできない。つまり、大きな地震や津波が発生する確率は、既述のとおり、その規模が大きくなるほど、発生確率が指数関数的に小さくなるが、ゼロにはならない。上述が地球物理学の現実であり、我々は、これに対応していかなければならないのだ。

国民の信頼の回復

第一部で見たように、福島第一原子力発電所事故以前は、原子力産業界も政府も、国民に対して原子力発電所は“安全である”とただひたすら主張するだけであった。これは嘘、あるいは過度の単純化であるが、間違いなく真実ではない。

国民の信頼を回復するための第一歩は、首相でもいいし、あるいは原発産業界の責任者たちでもいいが、原子力発電に“絶対安全”はありえないということを明言することだ。人間が生きている以上、必ずリスクがある。当然のことながら、原子力発電にも常にリスクが伴う。したがって、政府は、原子力発電が“安全”なのか“安全ではない”のかといった単純な二分法をやめて、様々なリスクを客観的かつ定量的に評価する方向に切り替えるべきだ。

福島第1原発事故が起きる前、政府と原子力産業界は、国民はリスクとともに生きるという考えを受容することができないと考えていたのではないか。しかし、きちんと説明すれば、国民はリスクに関する率直な議論を受け入れると思う。逆に、福島第1原発事故後は、国民はもはや単純化された絶対的な安全性といった主張を受け入れることはないだろう。

さらに、政府と原子力規制委員会の責任分担は見直されるべきである。政府が、原子力発電所の安全規制を策定する際に、専門家の助言に依拠するのはやむをえない。しかし、規制委員会の役割はリスクを評価することであり、どのようなリスクが受容可能かという最終決定は政府の責任である。つまり、政府決定にあたっては、専門家の助言に基づきながらも、首相及び政府は率直かつ正確に、日本の原子力発電所再稼動に伴うリスクを総括し、そしてなぜそのリスクが受容可能と考えるのかを含めて、国民にきちんと説明すべきなのである。

さらに、政府及び原子力産業界は、それぞれのウェブサイトやビジターセンター、その他アクセスが容易な媒体で、リスクやその対策について詳細な情報を公開すべきである。産業界がリスクを認め、それを公に議論するのであれば、福島第1原発事故以前の担当者はすべて入れ替え、国内外のエンジニアたちから適材を新たに広報担当者として任命することが必要である。そして、国民に対し、明確かつ包括的に情報を提供するとともに、リスクに関する議論をすべて公開し、様々な事故シナリオに対して、その対策を準備するべきである。こういった準備がなされれば、今後、事故があったとしても、その損害は大いに軽減されるだろう。

福島第1原発事故処理の取り組み

2011年3月以来、福島第1原発事故関連の情報はしばしば公表が遅れ、また、きわめて断片的であった。事故直後、風で運ばれる放射性物質の飛散方向に関し、政府は、タイムリーな情報公開を行わなかった。また、直近では、高濃度の汚染水漏洩(ある程度海に流れているようだ)についても、報告が遅れている。政府と福島第一原子力発電所の事業者である東京電力が、本当に国民の信頼を取り戻したいのであれば、自らにとって不都合なことを含めて、すべてのニュースを完全かつ迅速に発信すべきである。

東京電力の金融資産は、知られている限りでは、福島第一原発の敷地及びその周辺地域の除染や損害補償を含む損害賠償見込み額に比べ極めて小さく、通常の支払い能力がある民間企業として生き残ることはもはやできないように思われる。一方、経済活動における電力会社の重要な役割を考慮すれば、東京電力が行っている電力供給事業は日本経済にとって必要不可欠である。したがって、当面、東京電力を国有化し、事故処理には公的な資金を注入する他に現実的な代替策はないだろう。政府がこのような思い切った行動をとらない限り、東京電力は、現在、死に体企業として単に存在するだけである。敷地内外の除染の取り組みは著しく遅れ、恒久的に住居を移転せざるを得ない人々や仕事、生業を失った人々に対する損害への解決はその目途すら立っていない。

福島以外の原子力発電所立地地域の自治体、県道庁及び住民は、疑いもなく、福島第1原発事故処理の行方を注視している。原子力発電を支持する人々でさえ、自分たちの近隣地域で原子力事故が発生した場合どうなってしまうのか、大きな懸念を持つだろう。政府が、福島住第1原発事故の被害者への補償対応を適切に行わないならば、他の原子力発電所立地地域の関連自治体及び住民の原子炉再稼動に対する支持は失われる。

原子力規制の在り方

福島第1原発事故後、従前の規制当局が原子力産業から十分に独立していなかったことの問題が、一般的に認識されるようになった。その結果、新たな原子力規制委員会(NRA)が創設されたが、NRAの立ち上がりは、必ずしも順調ではなかった。NRAは原子力産業界から過度に影響を受けることを避けなければならないが、産業界とのコミュニケーションは必要不可欠であり、NRAは適切なバランスをいまだとれていないようだ。また、NRAはより積極的に諸外国の規制機関の経験から学ぶべきである。

NRAは原子力発電所敷地内の断層問題に非常に大きな関心を払っている(断層とは過去にずれが生じた面であり、通常地震によって生じる)。NRAは、原子力発電所敷地内の断層が過去40万年の間に動いていた場合、再稼動の許可申請を却下することにしたようである。しかし、これはあまりに単純すぎる。単に断層の存在だけに注目するのではなく、その断層のリスクがどの程度あるのか客観的に評価するべきである。たとえば、米国カリフォルニア州のディアブロキャニオン原子力発電所は、発電所近くに断層面があるが、この断層によるリスクについては、規制当局が定量的評価を実施し、その結果、運転を継続することを許可された。こういった事例からも学ぶべきものは多いのではないか。

さらに、日本では、多くの原子力発電所が日本海沿岸に設置されており、断層よりも、むしろ津波対策こそ重要かつ喫緊の課題である。しかし、残念ながら、政府、NRA、及びそれぞれの事業者も十分な対応がされている様子はない。

日本海沿岸では、過去30年間で、大規模津波が1983年には秋田県沿岸を、1993年には北海道の奥尻島を襲った。しかし、過去10,000年という長い時間で考えると、これらを超えるさらに巨大な津波が日本海沿岸を襲った可能性は高い。また、奥尻島と秋田が格別に危険というわけでなく、日本海沿岸の他の場所でも大きな津波のリスクが当然考えられる。実際、1026年に、島根県益田市を巨大な津波が襲ったことは、ほぼ実証されている。したがって、日本海沿岸に現在立地している原子力発電所のいずれもが、奥尻島や秋田を超える巨大津波に襲われる可能性があるのだ。

これは、原子力発電所敷地内の断層リスクを無視すべきということではない。しかし、断層では小さな地震は、例えば、平均的に40万年間隔で発生するのに対し、津波は平均的に、例えば、4千年間隔で起きる。つまり、津波の発生頻度は地震よりも100倍程度大きい。そして、福島事故を想起するまでもなく、津波が発生すれば、原子力発電所に甚大な被害を与える可能性がある。

リスクと共生する

ここまで、原子力発電に伴うリスクについてのみ論じてきた。しかし、化石燃料による発電にも大きなリスクがあることを忘れてはいけない。多くの発電所は海岸線の埋立地に建設されており、こういった場所は大規模地震の際に液状化する可能性がある。大きな地震、もしくは津波が発生すると、石油タンクの中身が東京湾や沿岸水域に流出し、大規模火災や環境への被害が発生する可能性がある。また、自然災害ではないが、中東で紛争が発生した場合など、原油調達が困難となる可能性もある。つまり、自然災害だけでなく、また原子力発電だけでなく、世の中にはさまざまなリスクがあり、これらの存在を考慮せずに、原子力発電のリスクだけに注目するのは現実的ではない。

最後に、強調したいことは、まず、原子力発電には、“絶対的な安全”を確保する方法はないということだ。結局、リスクを最小化することのみしかできないと認めるべきである。確かに、福島第1原子力発電所事故が示したように、原発事故は甚大である。しかし、エネルギー政策を定量的に見積もれば、現時点で、再生可能なエネルギーに依存して、即座に原子力発電を廃止するというのも、現実的ではなさそうだ。 

すなわち、日本のエネルギー問題には「最適」な政策はない。むしろ、消去法でエネルギー政策を再構築すべきであろう。

現在、電力各社がそれぞれ原子炉の再稼動申請を行っているが、NRAと政府はより明確な政策的方向性を打ち出すべきである。NRAは、安全性の高いものからリスクの高いものまで発電所を積極的にランク付けし、エネルギーの安定供給を確保するために最低限必要な原子炉のみ再稼動させるという方向に転換するべきである。

そして最後に、自然災害によるリスクを考慮する際には、以下のことを随時念頭に置いておこう。   “忘れるな!重要なのは津波だ!”

ゲラー博士のアイデアギャラリーシリーズ第一部はこちらから。