ディアブロキャニオン:安全に関する成功談


OLYMPUS DIGITAL CAMERAカリフォルニア州のアヴィラ・ビーチと太平洋を見下ろす、絵に描いたように見事な断崖にディアブロキャニオン原子力発電所(DCPP)は立地している。1985年に運転を開始してから、DCPPは毎年18,000MW以上の電力をカリフォルニア州の電力網に供給している。これはおおまかにいってカリフォルニア州のエネルギーポートフォリオの10%を占め、300万人以上のカリフォルニア州北部・中部の住民の需要を満たしていることになる。4,500以上の雇用を創出し、18億ドル以上の経済的な影響を持つことから、DCPPはカリフォルニア州のエネルギーの将来において中心的な存在である。しかしながら、DCPPそして他の多くの原子力発電所の将来にとって鍵となるのは、付近での地震活動の脅威にどのように対処するか、である。

カリフォルニア州サンルイスオビスポ付近のディアブロキャニオン地域がDCPPの立地地点として選定された1965年、パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック(PG&E)は、周辺地域の地震の構成に気がついていなかった。設計審査のプロセスにおいて、シェル・オイルの地質学者が、1969年にホスグリ断層を発見したのである。DCPPからたった2.5mの距離に位置する新たに発見された断層の地震ポテンシャルは、原子力規制委員会(NRC)の建設・運転許可申請で示された最大の耐震性能を上回るものであった。1970年代から1980年代初頭を通して、PG&EとNRCは数々の共同会合やワークショップを開催し、DCPPは地震に耐え得ると保証するため、承認された建設計画を透明性を維持しつつ修正した。15年間のヒアリングや変更、改造を経て、1984年、NRCはDCPPに最終承認を与え、2基の原子炉は1985年5月と1986年3月に運転を開始した。

初期の設計から最終的な運転承認までの15年間は、PG&Eにとって複雑で困難なものであった。コストと運転計画については9度の改訂が行われ、変更によって最終的に建設費が44億ドル増加した。しかし、最終的に、原子力発電所は地域の想定最大地震加速度を上回っていたが、NRCの運転許可を得たのである。

2008年にDCPPから600mの距離にある海岸線断層が発見され、また、PG&Eが2045年までDCPPの稼動を延長する申請を2009年に提出したことで、事業者と規制機関の間の信頼性構築の長い道のりが、昨今再び求められている。2基のもともとの運転ライセンスは、2024年と2025年に失効する予定であった。海岸線断層の発見に従い、また、ライセンス延長の準備のため、NRCはPG&EにDCPPの安全性への新たに生じたリスクを評価するため新たな地震解析を行うよう命じた。2011年、PG&Eは、新たに発見された断層による地震ハザードは既存の耐震設計仕様に含まれ、追加的な措置は必要ないとする報告書を提出した。翌年、NRCは独自の解析を実施し、同じ結論に至った。すなわち、確率論的リスク評価によると、DCPPの既存の耐震装置(マグニチュード7.5を記録するホスグリ断層による地震に耐え得るもの)は、新たに発見された海岸線断層による地震への防護措置として十分である、ということだ。

活発な地震地域にあり、至近の断層から600mしか離れていないにも関わらず、DCPPは連邦規制機関の監視の下で安全に運転を続けている。ライセンス更新のプロセスが継続している中でさえ、福島事故を受けた連邦の地震リスク再検査とカリフォルニア州法(追加的な脆弱性試験を要求)の両方に従い、追加的な耐震試験が実施されている。

地震活動が活発な地域で、DCPPが運転40年目に突入する中で、継続的な耐震試験と改修が原子力事故を引き起こす地震の確率を最小限に留めるのに一役買っている。PG&Eの主任地震学者であるロイド・クラッフ氏は、「地震のことになると、この世界で我々が行うすべてのことには、常に不確実性がある。・・・[しかし]我々は不確実性について過剰な懸念を抱いていない。」と最近述べた。NRCとPG&E間の信頼と協力の文化のおかげで、DCPPは用心の必要性と運転継続の必要性のバランスをとっている。