日本の原子力規制委員会:独立性と信頼性を主張


ゲイル・マーカス博士

ゲイル・マーカス博士

安倍晋三首相は、発電に係るエネルギーコストの上昇に取り組むため、経済戦略の主要なポイントとして原子力を指摘している。ゲイル・マーカス博士によると、新たに設立された日本の原子力規制委員会(NRA)は原子力分野における国民の信頼を取り戻す鍵であり、また安倍政権の戦略の要である。しかし、NRAの有効性について日本国民の間では見解が分かれている。

以下の論文でマーカス博士は、米国の原子力規制委員会(NRC)の手法が、信頼に足る原子力規制機関となる方法を模索しているNRAの手本となるのではないかと提言している。NRCのプラクティスに焦点を当てたマーカス博士の議論には、反応の早いコミュニケーション、技術専門家の育成、維持、そして確率論的リスクモデルを用いた安全基準の最適化が含まれる。

マーカス博士は現在、原子力発電技術・政策の個人コンサルタントである。これまで、経済協力開発機構原子力機関の副長官、米国エネルギー省原子力科学技術局主席副局長、原子力規制委員会の様々な役職、議会調査局の科学政策研究部次席を歴任。本論文は、日本経済新聞から許可を得て再掲載したものである。元の記事はこちら

原子力規制委員会の独立性と規制活動のあり方

ゲイル・マーカス博士、個人コンサルタント

エネルギー安定供給の確保が、経済成長や市民生活にとって欠かすことの出来ない要件である事情は米国でも、日本でも同様である。低コストで豊富なシェールガス供給を享受する米国でも、多様なエネルギー源を確保することは安定供給上重要であり、その一環として原子力はエネルギーポートフォリオ上で重視されている。まして、国内資源に乏しい日本にとっては、準国産エネルギーとして原子力がエネルギー安定供給に果してきた役割は大きい。しかし、福島原発事故後、日本の原子力は大飯3・4号機を除いて長期停止状態となっており、その結果、化石燃料輸入が大幅に増加、電力コストの上昇や過去最大の貿易赤字(国富流出)を招く事態に至っている。

昨年12月の衆議院選挙により発足した安倍内閣は、日本経済再生を最重要課題と位置づけており、その観点から原子力再稼動は重視されているようだ。2月末の総理施政方針演説でも、安全を確認された原発は再稼働するとの表明があった。再稼働に当たっては、独立した規制機関として新たに発足した原子力規制委員会の下で安全性が確認される事が必要であるが、再稼働の手続きは、7月に成立する新基準制定後に進められることとなる。その意味で、規制委員会の果たす役割は大きい。

ただ、米国から見ていると、規制委員会の活動について、独立性の確保と原子力関係者とのコミュニケーションのあり方、安全基準のあり方について、様々な意見があり、必ずしも国内議論の一致が見られていないようにも思われる。今後の日本における規制委員会の役割の重要さに鑑み、本稿では、独立した原子力規制機関として長い歴史を持つ、米国原子力規制委員会(NRC)を中心とした海外主要国の状況に照らして、規制活動のあり方について考察したい。

第1に、コミュニケーションの必要性と規制機関の「独立性」との関係をどう考えるべきか。NRCの場合、その理想とする規制のあり方は、「良い規制原理」と言う文書に整理されており、そこでは、「独立とは孤立(Isolation)を意味するものではない」と明記されている。即ち、全ての利害関係者(電気事業者に加え、研究所、中央政府、地方政府、NGOなど)と対話し、全ての事実を収集し、全ての観点を理解したうえで、大統領・政府・議会・事業者などの利害と関わりなく、専門機関として「独立に」判断を下すことが要求されている。しかも、単にパブリックコメントを受け付けるという形式上のものだけに留まらず、NRCは他の米国機関と同様、あらゆるパブリックコメントや請願に対して、NRCの対応とその根拠を示し公の記録に残している。これは、NRCの判断が裁判で審査される事となるような場合、裁判所は安全性に関する専門家ではないため、NRCの専門機関としての判断が尊重される一方、パブリックコメント等に対して、NRCがどのように判断し、その対応を説明したのかという手続きの妥当性、が審査の対象となるという背景もある。さらに、情報公開請求を通じて、誰であってもNRCが知りえた情報の多くを知ることが出来るなど、透明性と平等性を確保した上で、コミュニケーションは十分に行うべきものとされている。日本においても、関係者と議論を尽くし、その上で独立性を持った判断を下すプラクティスを確立することが望ましい。

第2に、独立性を支える、高い技術的能力を有する4000人近い職員をNRCは抱えている。NRCには、いかなる政治的状況や経済的状況にも左右されない、独立した判断を要求される。NRCの安全性に関する判断は大統領ですら覆す事ができない。NRCは、上述したパブリックコメントなども含めた、膨大な技術情報に基づいて、自ら分析を行い、判断を下す。判断に当たって、事業者や、外部有識者委員会のアイデアや勧告を活用・採用することもあるが、それも自らの理解と判断に基づくものである。他者から得た意見、情報、勧告を理解し、自ら分析し、独自の意思決定を行うに足る豊富な技術能力を有すること、これも独立性にとっては重要である。言うまでも無く、日本の規制委員会も、500人余のスタッフの拡充と育成も含め総合的な技術能力充実・強化が必須である。

第3に、NRCは、安全基準のレベルをどのように適切化してきたのか。そもそも、その場合「適切」とは何を意味するのであろうか。NRCにとっても、様々な事象に直面し、新たな知見を取り入れ、常に安全規制を最高水準に維持することは国際原子力エネルギー機関(IAEA)の「安全基準」の原則5「防護の最適化」を参照するまでもなく、当然のことである。しかし、最高の安全水準とは、必ずしも考えうる全ての対策を備え付ければ達成できるというものでは無い。例えて言えば、飛行機にありとあらゆる安全設備を過剰に装備すると、重量増加によって飛行に支障が生じかねず、より安全とは言い難くなるからである。また、安全性向上への貢献がわずかな対策にバランスを欠くほど莫大な費用を投ずるのであれば、経済的な運転は困難になる。新たな規制を課する際、NRCはリスク情報を活用した分析を実施して、コストと利益の適切なバランスを取ろうとしている。イギリスでは、同様の考え方を、「許容可能なリスク」という文書にまとめている。

第4に、上述のコストと効果のバランスの問題は、安全規制のあり方についての議論につながっている。即ち、安全対策をこと細かく定める「行為規制」か、安全対策で達成する目標を定める「性能規制」か、という選択の問題である。NRCは「行為規制」のみならず、同レベルの安全性の目標を達成するために、事業者が提案する色々な「性能規制」を許容してきた。何故なら、安全性の目標を達成するためには、それぞれの発電所毎に、効果もコストも異なる複数の手段があると考える方が現実的だからである。従って、NRCは、リスクを評価し、性能規制を重視する方向に舵を切ってきていると言えよう。米国でも、行為規制も、未だ存在しているが、適切な安全基準を満たすうえで、効率性を向上させ、被規制者(事業者)の創意工夫を活用するため、徐々に性能規制に向かっているといってよい。なお、NRCも、この度日本で新たに制定された、最新の知見を既存の発電所にも適用させるという「バックフィットルール」をかねてから適用してきたが、今や、NRCは、バックフィットルールを限定的に適用することとしており、「安全性が実質的に向上すること」と「それに要する費用が正当化されること」を条件に認めることとしている。こうした科学的分析と合理的な論理に基づいたNRCの安全規制への取組みは、日本にとっても参考になる重要な先例となるのではないか。

NRCは、もちろん完璧ではないし、しばしば批判を受けることもある。しかし、NRCが独立性と透明性などの原則を維持しているため、原子力規制の一つの黄金の規範として世界的に認知されていることも事実である。また本稿ではNRCの例を主に紹介したが、フランスやイギリスといった他の国の原子力先進国における規制機関も、一部のべたように同様な原則に基づいた規制を実施し、原子力の安全確保と効率的運転維持の達成を実現していることにも留意する必要があろう。

一方、米国の原子力発電事業者は、スリーマイル島の原子力発電所の事故の後に、NRCの規制を遵守した上で、時としてNRCの要求以上に自主的に安全性を高め、パフォーマンスを向上させるための取組を創意工夫を持って進めてきた。また、その取組みを関連業界で共有し、より効果を上げる仕組みとして、原子力発電運転協会(INPO)を設立し、産業界全体で安全性確保の取り組みを進めてきた。その結果として、米国の原子力発電の稼働率は上昇し、安全性の向上と共に、経済性の向上も同時実現を果たすことができた。近時、日本も同様な事業者による自主的な安全向上活動を開始したと聞くが、日本でも効果を上げるものと期待したい。もちろん、文化や法体系の違いがあるため、日本の場合、NRCの活動に倣って規制活動を行えば良いという単純な問題ではないであろう。しかし、NRCの長い規制活動の経験の中で培ったノウハウを取り入れることにより、日本の規制活動がより素晴らしいものになるものと確信している。

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