安全性議論の中心に据えるべきは科学


ウディ・エプシュタイン氏(スキャンドパワー社、リスクコンサルティング・マネジャー)

ウディ・エプシュタイン氏(スキャンドパワー社、リスクコンサルティング・マネジャー)

日本の原子力規制委員会(NRA)は6月19日、稼働停止中の原子炉48基を再稼働させるための新安全規制を公表した。この新安全規制は、地震被害予防の際の基準として最も激甚な地震の発生事例を用いることにより、かつて経験したことのない重大事故から自らを守ることを原子力発電所に対し義務づける内容になっている。Forum on Energyは、スキャンドパワー社のリスクコンサルティング・マネジャーとして日本で活動中のウディ・エプシュタイン氏にインタビューし、地震危険度の観点から見た原子力安全について、同氏の考えを伺った。

Forum on Energy: 原子力規制委員会(NRA)が、地震安全基準を含む、国としての安全規制を設けようとしていると理解している。各原子力発電所には地質をはじめその他の変動要因が存在することを踏まえると、このプロセスはどのように機能するのか?

ウディ・エプシュタイン:NRAは再稼働のための条件を設定しようとしている。この作業は、科学に基づいて行われていて、しかも規制当局と電力会社との間にコミュニケーションが成立している場合には、有益なものになる。

各電力会社は、原子力発電所の再稼働を申請している。米国の場合と同じように、これらの申請はそれぞれの原子力発電所の事情に基づいて行われる。電力会社側は、何故一部の基準が“排除される”べきなのかを主張することはできるが、その理由は申請の中で説明されなくてはならない。主張が受け入れられるには、その間のやりとりにおいて、説得力のある科学的な議論が重視されなくてはならないと考える。

Forum on Energy: 様々なリスク評価の方法が議論されており、決定論的リスク評価を強く推す人もいれば、確率論的リスク評価への変更を主張する人もいる。これらの2種類の違いを概説して欲しい。

エプシュタイン:例えば、地震危険度について考えてみよう。決定論的リスク評価では、過去のデータを検証し、建築物が耐えられなくてはならない地震動を検討する。その値に、工学的な判断に基づく係数を掛け合わせる。仮にある場所における過去最大の津波の高さが9 mだったとすれば、建設される護岸の高さは18 m、といった具合だ。この決定論的リスク評価法の問題点は、不確実性を考慮していないことであり、これはナンセンスだ。

確率論的リスク評価も使うデータの種類は同じだ。ただし、事象が再発する可能性を評価する。不確実性を測るためには確率を用いる。不確実性とは、より規模の大きな事象が将来発生する可能性のことである。9 mの津波の場合、護岸の高さは、将来において18 mの津波が襲う可能性と不確実性とに基づいて判断される。

Forum on Energy: NRAがすべての原子力発電所に対し、1,000ガルの地震動速度に耐えられるよう建設されることを義務付ける方向で検討中、との噂がある。この地震動速度は、2004年に留萌で発生した地震と同じものだ。この噂は本当か? もし本当なら、どのような影響が生じるか? (編者注:表面最大加速度、もしくは設計基準地震動の単位はGalileo(ガリレオ)、またはGal(ガル)(cm/sec2)である。重力を表すgも用いられる。1g = 980 Galである)

エプシュタイン:それは「floating earthquake(ここでは仮に浮遊型地震と訳す)」のことで、未知の断層または未確定の断層に沿って発生する地震である。

NRAは電力会社に対して、浮遊型地震に対処するための安全措置の検討を求め、それと共に1996年から2013年の間に発生した16の浮遊型地震のリストを提示した。しかし、設計基準はご指摘の1,000ガルには引き上げられていない。設計基準地震動は、2006年以降、再稼働のための現在の申請書の中でも、大きな変更は無いと思われる。

地震の強度を測定する方法は幾つもあり、データもオンラインで入手可能である。16の浮遊型地震について見てみたところ、表面最大加速度(PGA)、マグニチュード、累積絶対速度、これらはどれも単体では起こりうる被害規模の適切な指標にはならない。この点は、リスク評価において重要なポイントである。

例えば、栃木県日光市で2013年2月25日に発生した地震の場合、強い地震動が約5秒間続き、表面最大加速度は1,214ガルに達した。ところが、建造物に被害は見られなかったのだ。理論によって被害を予想することはできない。似た様な地震の現場に目を向ける必要がある。

マグニチュードは震源地における地震の強さを表す。しかし、それ以外の場所にとっては何の意味もなさない。それはこの値が、各地の地質、土壌の構造や土壌の相互作用、およびテクトニクス等の制約条件を考慮していないためである。地質は重要だ。特定の場所で何が起こる可能性があるかを理解するためには、構造学的に見て似通った地震を世界中から探してきて学ぶべきだ。

もうひとつの要素は時間の長さである。10秒間の地震と300秒続いた地震とでは、被害の大きさが違う。3月11日の東北大地震は300秒だった。

大事なのは、数字をひとつだけ使えば良いというものではない、ということだ。多くの異なる指標を用いて、被害の可能性を理解しなくてはならない。

Forum on Energy: エプシュタイン氏が指摘したのは、各原子力発電所の安全機能の指針として、科学的な基準を用いるべきだという点と、また、規制を行う際には、最高水準のガリレオ値やマグニチュードへの耐性を規定することを目的とするのではなく、被害を防ぐことを目的にすべきだという点である。これらの点を踏まえた上で、次の段階について考えたい。時として相反する利害や対立する検討課題が存在する中で、こうした規制を設け、さらに実施してゆくプロセスをどのように説明するか?

エプシュタイン:規制機関と電力会社の間で行われる対等な議論においては、科学が中心的な役割を担うべきだ。この議論という点に関して言えば、原子力発電所が安全か否かと言う問題について、私は透明性の高い科学的な議論が行われているのを目にしていない。むしろ、両者間のやりとりは、如何にすればNRAが孤立することなく独立性を保てるか、その方法を考えることに重点が置かれている。電力会社側はNRAのことを、自分達とは反対の立場にいる人たちだと最初から考えているし、NRAは電力会社との間には距離を置かなくてはならないものと信じて疑わない。両社ともにこうした敵対的な態度をとることを止め、日本の人々の安全のため、そして日本という国のために協力し合わなくてはならない。

米国と比べてみればよい。米国の原子力規制委員会(NRC)は常に電力会社と対話をしており、それでいながら独立性を保っている。ディアブロキャニオン原子力発電所とNRCとの間で合意された長期地震プログラムを、日本において電力会社とNRAの関係を構築する上でのモデルにすべきだ。独立性は米国文化の礎である。だからこそ、ピアレビュー(相互評価)という確固たる仕組みを作り上げることができた。個人レベルにおいては、私も自分に課せられたピアレビュー(相互評価)の義務を真剣に果たしている。仮に評価しなくてはならない仕事が、親友や同窓生のものであったとしても同じである。

Forum on Energy: では、規制機関と電力会社の間のコミュニケーションが行き詰まってしまった場合、どのようにすれば打開が可能か?

エプシュタイン:科学をコミュニケーションの中心に据えることだ。日本では天然資源がほとんど手に入らない。地熱、風力、太陽光・・・これらでは必要なエネルギーをまかないきることはできない。残された選択肢は、すべてを化石燃料に頼るか、化石燃料と原子力の両方に頼るか、これら2つにひとつなのだ。今現時点で日本が必要としているのは、優れた科学と、誠実な態度、そして円滑なコミュニケーションである。